|
日調(にっちょう、1766年 - 1817年1月27日)は、大石寺第46世法主。後藤姓。 ==略歴== *1766年(明和3年)、駿河富士郡下中里にて誕生。 *1795年(寛政7年)10月8日、母妙養日淳卒。 *1800年(寛政12年)12月25日、父養淳日明卒。 *1802年(享和2年)春、細草78代の化主となる。退檀して久成坊に住す。在坊5年。 *1805年(文化2年)12月、43世日相遷化につき日誠(後の50世)、日調に随侍す。 *1806年(文化3年)夏、江戸下谷常在寺に住す。在住3年。 *1808年(文化5年)秋、大石寺28代学頭となる。 *1808年(文化5年)9月24日、44世日宣より法の付嘱を受け大石寺第46世日調として登座す。 *1813年(文化10年)夏、47世日珠へ法を付嘱し、石之坊に移る。 *1815年(文化12年)8月10日、日珠寿命坊に移り、日調再登座す。 *1817年(文化14年)1月27日、52歳で死去した。 *1817年(文化14年)2月16日、44世日宣、法を48世日量に付属す。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「日調 (大石寺)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|